本レシピのポイント(作成者:ちろちろ)
✔ 父親にSuicaのペンギングッズを贈ったら「男には可愛すぎる」と拒否された
✔ トキシックマスキュリニティ(有害な男らしさ)、浸透しすぎじゃないですかね?
突然だが、私はJR東日本の公式キャラクターこと「Suicaのペンギン」が好きだ。関連イベントに行ったり、関連グッズを集めたりしている。
そんな折、父親に贈り物をする機会があり、「鞄が欲しい」と言っていたので、下記写真のSuicaのペンギンリュックを贈った。
ところが、父親はバッグを見て一言、「男が使うには可愛すぎる」と述べ、使用を拒否。
あまりに過敏なのでは、と思ったが、SNSでも「Suicaのペンギングッズ可愛いけど男が使うには抵抗ある」との意見を見かけるので、父親が特殊というわけではないらしい。
つい最近、ムーミンカフェの閉店が続いているというニュースが流れたときにも、「男性客ひとりだと入りづらいから…」と言っている人がいて、ムーミンですら!?と思ったものだ。
こうした、男性が「男らしさ」から外れる行為を嫌悪し、忌避する行動は、「トキシックマスキュリニティ(有害な男らしさ)」と呼ばれているが、本当に根深いと思う。
コンビニスイーツですら、「可愛くない」パッケージにしないと男性には売れないのだから。
別に可愛いものが身に着けられなかったり、甘いものが食べられなかったりしても、それほど困らないんじゃない?と思われるかもしれないが、よく考えてほしい。個人の趣味嗜好にまでトキシックマスキュリニティが浸透しているということは、日本社会そのものにその理念が根付いているということを意味している。
例えば、知人(60代の男性)で、私生活の情報(結婚しているか等)を一切明かしていない人がいる。その結果、周囲の男性がその人のことを影でどう言っているかというと、
ただプライベートを明かしていないというだけで、散々な言われようである。別にこれらの発言をした男性たちは極めて保守的な人たちというわけではない。それどころか、私のカミングアウトに深い理解を示してくれている人もいた。その人ですら、完全に無自覚で、こういう発言をした。
結局、一事が万事なのだ。
「これぐらい我慢」と、小さな不満を黙殺する
→その根本にあるもっと大きな問題に蓋をする
→無自覚に、その問題に縛られた行動を続ける
→問題の根がますます深くなっていく
という構造が、トキシックマスキュリニティの解決を非常に難しくしている。
そして、トキシックマスキュリニティがはびこる社会では、男性だけでなく女性も生きづらい。
小さな不満を抱えて生きる人は、他者が不満に対して声を上げることに敵対的になりやすい。自分が我慢しているのに、なぜあいつは我慢できないんだ、我がままだ、自分本位だ、となるからだ。
女性の権利向上を叫ぶ声に、多くの男性が冷淡なのは、トキシックマスキュリニティのせいだと思っている。
最初に触れたSuicaのリュックは、散々渋られたが、なんとか最終的には父親に受け取ってもらうことができた。外出の度に、父の背に揺られているという。
リュックを使う父親にとって、そのリュックを見かけたほかの男性にとって、それがトキシックマスキュリニティに向き合うひとつの契機になればと、Suicaのペンギンを見かけるたびに祈る。
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